特発性血小板減少性紫斑病
概要
特発性血小板減少性紫斑病(ITP)は、基礎となる疾患や薬物など血小板減少をきたす原因の認められない血小板減少をきたす疾患です。原因としては、自分の血小板を攻撃する自己抗体が生じ、脾臓などの網内系での血小板処理速度が亢進し、血小板の寿命が短くなることで生じるためといわれています。ただし、自己抗体の発現のメカニズムはわかっていないため、特発性と呼ばれています。特発性血小板減少性紫斑病とはいいかえると、「血小板だけを攻撃する反応が生じている自己免疫疾患」ともいえます。
原因・症状
血小板減少により、出血を起こしやすくなります。血小板数 5.0万/μl以下では、抜歯や手術を行うと止血困難となり、血小板数 1.0~2.0万/μl以下では、皮下出血や歯肉出血、鼻出血といったことを自覚することも多くなります。女性の方では、生理過多を契機に診断されることもあります。
凝固因子の異常で生じる深部出血や関節内出血は、ほとんどみられないのも特徴です。
妊娠や、特に非寛解期の妊娠では、多くの場合、ITPが悪化することが知られています。妊婦の場合は、早産・妊娠中毒症が約30%の例に出現し、胎児への影響としても胎内死亡や子宮内発育不全、頭蓋内出血が認められます。さらに、新生児においても血小板減少症が出現することも知られており注意が必要です。
皮膚の出血性病変や生理過多といった出血傾向があり、血小板数が少ない場合に疑われます。最近では、健康診断等にて無症状でも血小板減少を契機に発見されることもあります。
検査
採血検査…血計、血清検査。血小板数は全例 10万/μl以下です。白血球数は正常範囲にありますが、赤血球数は出血により低下している(貧血)こともあります。また、抗核抗体などの検査を行い、全身性エリテマトーデス(SLE)などの他の自己免疫疾患の鑑別を行います。
骨髄穿刺検査(骨髄生検)…胸骨や腸骨より採取します。ITPにおいては、巨核球数が正常あるいは増加していることがほとんどです。更に白血病や骨髄異形成症候群(MDS)の鑑別の確認のためにも行われます。
PA-IgG(Platelet-associated-IgG)…血小板表面に付着している免疫グロブリン(IgG)を測定しています。SLEなどでも高値の場合がありますが、ITPで特に高値となることが知られています。ただし、PA-IgGとして検出されているもののすべてが抗血小板自己抗体というわけではありません。
腹部超音波検査…肝臓や脾臓の腫大の有無などを検査します。
尿素呼気試験・抗ピロリ菌抗体検査…ヘリコバクター・ピロリ菌感染を起こしているかどうかの判定のため、検査します。
表2 ITPの診断基準
自覚症状・理学的所見
出血症状がある。出血症状は紫斑(点状出血および斑状出血)が主で、歯内出血、鼻出血、下血、血尿、月経過多なども試られる。関節出血は通常認めない。出血症状は自覚して胃内が血小板減少を指摘され、受診することもある。
検査所見
抹消血液
血小板減少
血小板100,000/μ以下。自動血球計数のときは偽血小板減少に留意する
赤血球および白血球は数・形態ともに正常ときに失血性または鉄欠乏性貧血をともない、また軽度の白血球増減をきたすことがある
骨髄
骨髄巨核球数は正常ないし増加
巨核球は血小板付着像を欠くものが多い
赤芽球および顆粒球の両系統は数・形態ともに正常
顆粒球/赤芽球比(M/E比)は正常で、全体として正形成を呈する
免疫学的検査
血小板結合性免疫グロブリン G(PAIgG)増量、ときに増量を認めないことがあり、他方、特発性血小板減少性紫斑病以外の血小板減少症においても増加を示しうる
血小板減少をきたしうる各種疾患を否定できる
1および2の特微を備え、更に3の条件を満たせば特発性血小板減少性紫斑病の診断をくだす。除外診断に当たっては、血小板寿命の短縮が参考になることがある
治療
原則的に出血症状の認められるものが治療対象となります。血小板数としては、5万/μl以下が目安となります。血小板数が2万/μl以下に急速に低下してきた場合などは、入院が必要となります。抗血小板抗体の産生を抑制するか、血小板の破壊を抑制することが治療の基本となります。
いずれの治療法も副作用が生じることもあり、出血傾向が強くない場合は、血小板数 5万/μl以上を維持できることが一応の目標となります。しかしながら、通常の治療に抵抗性な経過を辿る場合などは、血小板数 1~2万/μl以上の維持が目標となることもあります。また、脳出血や脳外科的処置を要する場合は血小板数 10万/μl以上が、分娩や抜歯などでは5~8万/μl以上が必要となることがあります。
[治療法]
■副腎皮質ステロイド(プレドニソロン(PSL)(Rプレドニン))
代表的な免疫抑制剤です。初期には、1mg/kg/日を2~4週間投与し、血小板数の回復が認められれば、以後、1~2週ごとに5~10mgずつ減量していき、5~10mg/日で維持療法を行っていきます。経過良好な例では中止も検討することとなります。
治療成績としては、65~80%に寛解(血小板数の回復)が得られるものの、長期的寛解は25%程度との報告があります。
副作用としては、日和見感染症(免疫力低下により起きる感染症)、高血糖、肥満、高脂血症、高血圧、骨粗しょう症、大腿骨頭壊死、不眠などが挙げられます。様々な副作用がありますが、治療効果が高いこともあり、合併症予防の薬を行いつつ治療することとなります。
プレドニン内服量が30mg/日以上では、日和見感染症を起こすリスクが高まることもあり、入院治療が必要となります。
■ピロリ菌除菌療法
ヘリコバクター・ピロリ菌は、消化性潰瘍や胃癌の原因として知られている細菌ですが、ITPの患者さんで、ピロリ菌感染を起こしている方に除菌療法成功群で血小板数回復が期待できることが知られています。
平成16年のガイドラインでは、ピロリ菌感染例(尿素呼気試験陽性例)では、第一選択として施行されるべき治療法とされています。実際の効果は、ピロリ菌陽性例の約50~60%とされています。
実際の除菌療法としては、制酸剤+抗生剤2種類(Rランサップなど)を1週間内服していただくこととなります。除菌後、約10%程度の方に逆流性食道炎や胃・十二指腸びらんなどが生じることが知られています。しかしながら、6ヵ月以内にはほとんど消失する所見ともいわれています。
■摘脾術
最近は、腹腔鏡下手術が行われることが主流となりつつあります。開腹手術よりも侵襲が少なく、術後の回復が早いことが特徴ですが、実施に当たっては外科医師と相談しつつ決定することになります。
適応は、ステロイド治療の効果が不十分な方、ステロイドが減量できない方、ステロイドの副作用が強い方となります。摘脾術決定の時期は、通常、診断から最低6カ月経過したあととされています。
治療効果としては、60~80%と他の治療法に比べても、一番、高い寛解率が報告されています。しかしながら、寛解に至っても2年以内に10~20%が再燃するとの報告もあります。ステロイド治療との組み合わせにより、ステロイドの減量が図れるなどの相乗効果も期待できます。
■その他の免疫抑制剤
いずれも保険適応外ですが、シクロスポリン(Rネオーラル)、シクロホスファミド(Rエンドキサン)、アザチオプリン(Rイムラン)などの有効性が報告されています。いずれも副作用があり、実施に当たっては主治医とよく御相談の上、検討してください。
リツキシマブ(Rリツキサン)
抗体を産生するBリンパ球を特異的に破壊するために有効と考えられています。本来、CD20陽性B細胞性悪性リンパ腫に対して、保険適応のある抗体療法薬です。非常に高価な薬剤であること、保険適応外の治療法でもあり、実施に当たっては、主治医とよく御相談の上、検討されてください。
[緊急時の対応]
血小板輸血
一番、速効性がある治療法です。抗血小板抗体が存在するため、通常の血小板輸血よりも大量の輸血が必要となる可能性があります。
ガンマグロブリン大量療法
補充するIgGのFc部位が網内系細胞のFcレセプターと結合し、抗体と結合した血小板の網内系における破壊を競合阻害することで、血小板数を増やすことになるとされています。
投与法としては、400mg/kg/日を5日間、点滴投与することになります。投与2~3日目で治療効果がみられ、5日間の投与で85%近い症例で血小板数の増加が、そのうち約60%で血小板数 10万/μl以上となるとの報告があります。
ただし、治療効果の持続期間は数日間であり、薬剤が極めて高価なこともあり、保険上も使用は緊急時に限定されています。
【その他】
入院中
治療経過にともない、状況が変わります。強い血小板減少期には、安静等が必要となることもあります。主治医・担当看護師にご確認ください。
外来通院中
血小板数が少ない状況では、抜歯・手術などの際に事前の準備が必要となる場合があります。主治医に御確認ください。
また、ステロイド使用中においては、以下のような注意が必要となります。
自己判断での中止・減量によりITPの病勢が際増悪することもあるため、行わないようにしてください。
ステロイドは解熱作用もあるため、肺炎などの重篤な感染症を起こしていても、発熱しないことがあります。体調の異常があれば、早期に医療機関を受診してください。
ステロイド服用中は食欲が亢進することが多く、退院後は摂食量が増加し、体重増加傾向や血糖の上昇等が生じることも多くなります。食事量等には御注意ください。